ネットビジネス大百科物語

わりばしをくわえた車椅子の少年は、たった1人でどうやって1億円を稼いだのか?

やさしさってなんだろう

どうも、和佐です。

明けましておめでとうございます。

今日、21時から和佐・木坂ラジオが正式に始まります。

■和佐・木坂ラジオ・生放送チャンネル http://bit.ly/1EnFIY1

で。

2015年も始まったことだし、最近思うことを書こうと思います。

僕はここ3年間ぐらい、

「直接人に会い、話を聞き、時間と空間を共有する」

ということをやり続けてきました。

情報だけのやりとりではなくて、時間と空間を共有する活動です。

「なぜそんなことをしているのか?」

というと、一番の理由は「僕のためにやっている」ということになります。僕自身の価値を高めるためにやっていることです。実質的な「儲け」を考えれば、情報だけのやりとりのほうが遥かに効率的です。

実際、僕のビジネスの利益の6割以上は「コンテンツの販売」によって生まれています。通信講座だったり、教材だったり、です。

単純に考えれば僕の利益をさらに増やすには、さらなる効率化を行えばいいわけで、実際、「利益率」という意味では2010年あたりが ピークだったと思います。

「セミナーを行い、映像を販売する」という極々単純なことで、1000万円以上の利益を生むことが出来るわけですから、普通では考えられないぐらい効率的に利益を増やすことが出来ます。

しかし、僕はその追求を止めました。

「飽きた」という理由もありますが、実際にはもっと切実で、要するに、

和佐大輔という存在の価値はどこにあるのか?

が、自分でもよく解らなくなってきたのです。

インターネットマーケティングという分野で、誰よりも先んじて行動を起こし、実験を繰り返せば「新しい情報」はいくらでも生まれて、それを売ることが出来ます。

また、実際にその情報には有用性も需要もあるのでビジネス的にはとても価値があります。

例えば僕が最近やっている「Facebook広告」に関する情報をまとめれば、欲しい人は10万円でも買うだろうし、その人数は100人を超えると思います。そして、そのぐらいなら情報の内容的にも破綻しないし、おすそ分けしてもいいぐらいです。

しかし、これは本質的に言えば

「やれば誰でも出来ること」です。

もちろん、僕の経験則や割としっかりしたデータ解析があるので、素人が同じような効果効能まで辿り着くには時間がかかるかもしれません。でも、それは時間の問題であって、別に他の誰でもやれるわけです。

本質的に「和佐大輔にしか出来ない仕事」ではありません。

僕は人に何かを教える立場の人間として、また、愛国心あふれる日本国民として、未来のことについて考えることがあります。「僕の未来」ももちろんですが、「日本の未来」や「世界の未来」もです。

僕らは当たり前のように「自由」を掴んできました。

職業も、住む場所も、食べるものも、休日の過ごし方も、ほとんど無自覚的に「自由」にしてきました。

「完全な自由」ではなくても、ある程度選んでこれたと思います。

「選べる」ということは、言い換えると「余っている」ということです。

日本にはそれだけの余裕があった。

これは凄いことで、もしも「余裕」が無くなったら、さっき僕が言ったような、

「和佐大輔にしか出来ない仕事がしたい」

なんてことは口が裂けても言えなくなってしまいます。

それは、「そんな贅沢は言ってられない」ではなくて、「そもそも和佐大輔にしか出来ない仕事をしてなければ飯が食えない」という意味で、です。

なぜなら「和佐大輔以外が出来る仕事」は、激しい競争で奪われ、残ってないからです。

100人いたら、99枠の仕事があって、1人はあぶれてしまう、というような、究極的な「競争」が「当たり前」になるかもしれない。

まあ、現実にそこまで競争が激化するかはわかりませんが、人間は「機械」ではないので、仮に150枠の仕事があったとしてもかなり激しい奪い合いになるでしょう。

200枠でも、300枠でも、です。

だって「仕事」って、良い仕事ばかりじゃなくて、「汚い仕事」「辛い仕事」もあるわけですから。

「より良い仕事があるなら命がけでそれを奪う」

というぐらい、余裕が無い世界は殺伐としています。

何十年後かの未来人から見れば、今の僕らはとても平和ボケしていて、現実を生きていないように見えるかもしれません。

ビジネスチャンスがあるなら、寝る間も惜しんで、今、この瞬間から誰よりも早く取り組むことが、「当たり前」で、悩んでいる意味がわからない、と。

もしそんな「ハングリーな精神」を持っていて、さらに「優秀」な人間が、僕がやっていることを同じように始めたら、僕の存在意義は地に落ちてしまいます。

「和佐大輔の価値」を証明出来なくなるということは、「和佐大輔は死んでもいい」ということです。

僕はビジネスの現場にいるので、この感覚は当たり前で、だからこそ、

誰でも出来ること(時間さえあれば)は止めて、和佐大輔にしか出来ないことをやろう、

と、決めたわけです。

こと、マーケティングの世界において、最新情報を追いかけること、実験することは誰でも出来ることだったりします。

だから、最初の取り組みとしてはオススメしているわけですが、例えばある人は「Youtubeで動画の再生回数を増やす10の方法」を試行錯誤の結果、見つけたとします。

これを見つけることは誰でも出来ることですが、「早く見つけた」ということに価値が生まれるので、売ることが出来ます。情報を売るとコピーが大量発生し、程なくしてその情報の価値は失われますが、一時でも価値はあったわけなので、ビジネスとして成立します。

2010年頃までの僕は、言って見ればこれと同じことを繰り返していただけでした。悪いことではないですが、長期的に見れば継続性は低く、価値が高いことでもありません。

この状態を「抜ける」には、「最新の情報を売る」ではなく、「和佐大輔にしか出来ないことをやり続ける」という生き残るための戦略を採用せざるを得ませんでした。

その答えが、

「出来るだけ多くの人と時間と空間を共有すること」

だったわけですが、

「LIVEとCD理論」でいつも話しているように、結果的にLIVE活動を行えば、コンテンツも自動的に生まれるようになっています。

じゃあ、2010年以前と以降で何が違うのか?

というと、それは「スタンス」です。

俯瞰して見れば、結果として最新情報が蓄積され、売れるほどの価値を生んでいるので、最新情報を追いかけ、研究し、売っていることと何も変わりはありません。

しかし、2010年以前は「情報を売ること」が目的であり、2010年以降は「情報の中心に身を置き続けること」が目的となっています。

「情報の中心の自分を置く」

これはつまり、「情報が売れた」という結果よりも、「情報が無料で出しても溢れるぐらい生まれている」という”状態”にフォーカスしているということです。

「結果」と「状態」は、全く意味が違う概念です。

循環やプロセスという言葉で表したりもしますが、「結果は付いて来ればそれでいい」という感じです。

もっと言えば、

重要なのは利益ではなく継続である」ということ。

「共栄」なんて言うと時代遅れな感じがしますが、僕を取り巻く人間が、各々相応しい形であれば、自然と価値は高まり、価値がある以上は継続する、ということです。

だから例えば「ビジネス」という言葉で括ってはいますが、僕の周りには様々な業種の人がいます。

「情報を売ること」を目的とした場合、僕の周りは「その情報に興味がある人」で溢れ、特化して行きますが、悪く言えばそれは「マンネリ化」です。

つまり、価値の停滞です。

上手く機能している内はいいですが、どこかの段階でブレイクスルーが起こりにくくなってしまう。

過去、様々な分野で「専門特化した結果、時代に取り残される」という悲劇が起こったように、専門特化は諸刃の剣です。

だからこそ僕の場合は、「専門特化型」と「異種混合型」のコミュニティを別々に持っているわけですが、こんな風に、

自然と価値が高まって行く状態

を作り、維持することで、僕は僕にしか出来ない仕事を生み出しています。

つまり、融合です。

で。

僕はまずは「専門特化型」を目指したほうがいいと思っていて、これに関してはもう、さっさとやれよ、って話です(苦笑)

でも、悲しいかな、ほとんどの人が専門特化にも至らず、かじってはやめるを繰り返したり、正解を探して彷徨っています。

どれでもいいんですよ。

専門特化は入り口に過ぎないんで。

例えば、映像制作の技術を学んでもいいし、デザインやプログラミングを学んでもいい。コピーライティングでもいいし、マーケティングでもいい。Facebookでもいいし、Twitterでもいい。何でもいいから、専門特化して、試行錯誤して、「他9割よりも専門的」になればいいんです。

この「他9割よりも専門的」というと、大半の人が結構な努力と時間が必要だと勘違いしますが、実際は日本にいる1億2000万人中の1200万人になればいいだけの話です。

例えば、僕は「漫画を読んだ量」で言えば1億2000万人中1200万位以内に入っているけど、「バイトした経験」で言えば、1回も無いのでランク外です。漫画という専門性は、たぶんトップ5%には入るんで、結構色々語れます。

こんな感じで、自分がトップ10%以内に入れる分野を増やすか、あるいは、勝手に作って行くことで、専門性を高めることが出来ます。

誰でも出来ることなんですよ。

こんなことは。

で、こんなところで躓いているのは、平和ボケしてる証拠で、危機感が無さ過ぎます。

「自分の存在を証明しなければ殺される」ぐらいの危機感を持って欲しい。

事実、存在の証明(価値の証明)をしなければ、自由な人生なんて生きられないですから。

「癒しビジネス」や「スピリチュアル」などにいる人たちは特に、さっさと自分の問題を解決するべきです。

自分の問題と向き合い、解決した時、もうすでにその分野ではトップ10%に入っているわけです。

「恋愛」とか、「ダイエット」とか、「自信」とか、「生きている実感」とか、そーゆー自分自身の問題は一刻も早く解決して、次へ行きましょう。

重要なのは「次」ですから。

ハッキリ言って、問題の先送りをせずに、直視して、取り組んで行けば、ほとんどの問題は改善するわけで、いつまでも「問題解決のために生きる」のはもったいないと思うのです。

というか、バカですよね(苦笑)

人生の浪費、つまりは、誰かの迷惑でしかない。

早くやれよ、バカ。

と言っても、なかなか動かないのが人間なわけで、いつも悲しくなりますが(苦笑)

でも、これはもう、「やるしかない」って領域で、僕は「癒し」は与えられないんで。

環境に飛び込むしかないんじゃないかと思うんです。

自分自身の問題解決をして、あるいは、何かの分野を専門的に学び、実験して、専門特化の価値を生めるようになったら、次はそこで名乗りをあげることです。

「軸足を定める」ということ。

自分は何の専門家なのか?

これが決まれば、活動内容も決まります。そして、様々な分野との融合も可能になる。

「専門特化」と「異種混合」の両輪の活動が「はじめて」可能になるわけです。

こうなった時にやっと、「自分が情報の中心にいる状態」の維持が出来るようになります。

最新情報も、ブレイクスルーも、あらゆる情報が自分を中心として生まれ、価値が高まっていく。

「誰でも出来ること」から始まって、「自分にしか出来ない仕事」に至る。

ということです。

「誰にでも出来ることすら始められない人がいる」ということが、僕の最大の悩みであり、最近はもう「ほっとこう」と思っていることですが(苦笑)

やさしさってなんなんでしょうね?

・・・

以上、最近思ふことでした。

小学生でもできるコンテンツビジネスの作り方

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著者プロフィール

和佐大輔(Wasa Daisuke)

なぜ、割箸を咥えているのか?

身体障害者認定の最高度である第1級身体障害者であり、1人で年商1億円を達成した起業家。12歳のとき、不慮の事故でテトラポッドに激突し首から下の運動機能をすべて失い、17歳でパソコン1つで起業した後、口に咥えたわりばし1本で年商1億円を達成。日本インターネットビジネスの業界では数少ない”本物の“マーケッター系起業家。将来は漫画家、映画監督になるべく精力的に活動を行っている。

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