ネットビジネス大百科物語

わりばしをくわえた車椅子の少年は、たった1人でどうやって1億円を稼いだのか?

成功法則に従うために

では、成功哲学をその本質から理解し、成功の「法則」に従うためには、そしてまんまと成功していくためには、何が必要になるのでしょうか。僕が思うに、 それは3つのパートからなるような気がします。

  1. 正しい知識・知能
  2. 正しい思い
  3. それらを実現できるだけの実力

この3つのいずれかが欠けただけで、成功はあっという間にぐらついてしまう、 と言えるでしょう。この3つのいずれかが欠けている人を、僕は「偽物」と呼び「メッキ」と呼んでいると理解してください。

ひとつやふたつを満たしている人は山ほどいます。今ネットでブイブイ言わせ ているあの人も、きっとどれかを持っているのでしょう。人よりも少し知識があって、経験もあって、実力も多少ある、みたいな人が時流に乗ってしまえば、 交通事故的にドーンと稼げたりしますから。

ただ、3つ全てを満たしている人、特に高いレベルで満たしている人は、ほぼいないのではないでしょうか。そうすると、彼らの「成功」は、時が経つにつれてメッキが剥がれ落ちてくることになります。

例えば、正しい知識や知能がなかった場合、成功哲学を読んでも正しく解釈できない、ビジネス書を読んでも間違って理解する、などということが起こります。

「企業は利益を追求するものだ」などという一文を見つけて守銭奴になったりする。

「イチローがヒットを打つのが仕事であるように、起業家は金を儲けるのが仕事」とか何とか言われていた時期もあります。

これは大変残念なことです。イチローに謝ってほしい。

イチローは、ヒットを打つのが仕事なのではありません。イチローは「結果として」ヒットが打てているだけで、彼の仕事はその途中、プロセスです。プロ セスを丁寧に、誰よりも丁寧に遂行するからこそ、彼は誰よりも結果を出せるというだけなのです。

ヒットを打てばいいのだったら、莫大な年俸の一部でピッチャーを買収すればいい、という話になってしまいます。買収に使った金額と年俸とを比較し、費用対効果がプラスであればそういう「ビジネス」としては成功になる。

世の中で「起業家」と呼ばれ、大層稼いだらしい人でも、この程度のことすらわからない知能しか持ち合わせていないのが普通なのです。僕の印象ですが、 一般的に起業家というのは、僕も含めて、良くも悪くも、頭は悪いかもしれません。だからこそ、起業なんてことをするのです。

ただ、悲しいことに、僕がここで言う「頭の悪さ」は良い面も悪い面も兼ね備えたものですが、多くの起業家は、単なるバカであることが多い。1500社のうち1社しか、3年以上もたないなんてデータがあったりしますが、それは起業の厳しさを教えているというよりも、起業家の愚かさを物語るデータだと僕は感じます。

成功するために天才である必要は全くないと思いますが、やっぱり閾値を超えてバカだと、起業に限らずもうどうしようもないなというのが、正直なところです。きっと彼らにはこのレポートを読み切ることもできないでしょう。

また、それ以上に、思いがない、というのは致命的です。「思い」はこの中で最も重要なものだと僕は思います。思いがなければ、どんなに勉強家でも、どんなに実践経験が豊富でも、最終的に「善を為せない」という意味で全く無意味です。

この点について、僕は割と原理主義的であり耽美主義的です。人は、善を為すために生きるべきと思うし、美しくあるために生きるべきと思っています。そういう思いがないなら、もちろん今は大人になったので死ねとまでは言わないけれど、でもせめて僕らに迷惑をかけないどこか辺境の地で、ひっそりと生きていてほしいと願う者です。

ただ、もちろん僕は「これこそが善だ!」という何かを知っているわけではありません。トルストイが「人生の意味は誰も説明できないけれどみんな知って いる」と言ったように、

「我々は善を定義することはできないが、それが何かを知っている」

と言った、ムーアという偉大な哲学者がいます。複数の賢人が同じことを言う時、僕はそこに「法則」の気配を感じとりますが、ただそれは今深入りすべきことではないので、割愛します。今わかってほしいのは、

「客観的な善、正解としての善などを探すのではない」

ということです。もし正解としての善があるというならば、トルストイにこう言わなければなりません。

「人生の意味は、言葉で説明できるよ、正解の人生と不正解の人生が明確にあるんだ。」

もちろんそういう哲学的な立場を取る人もいますが、僕はそういう立場を取りません。「客観的には説明できないけれど、でもみんなわかる」という曖昧な立場です。だからこそ、成功法則も

「客観的な書き方はできないけれど、なぜかみんなにあてはまる法則」

という極めて曖昧な存在としての、存在意義があるのです。こういう点で、成功法則を理解するのは、とても難しい。善とは何かを明確に理解できる人は、 きっと成功法則についても理解できます。

でもできないなら、成功法則についてもできません。哲学書より難しいと言ったのは、こういう背景があるからです。

さて、最後の実力についての項目は、一般的には「一番重要」なことと思われているようですが、僕の中ではもっとも重要度が低いものです。なぜなら、1と2があればいつかは伴うものだから。だから、そんなに気にするべきものでもないかなと思うんですね。

「1億円稼いだ人」がいて、隣に「10億円稼いだ人」がいたとする。実力が 全てだ、と思っている偏狭な人の目には、10億円稼いだ人の方が10倍素晴らしい人で、10倍成功した人に映るわけですが、そんなバカな話はないですよね。

こうやって説明されればほとんどの人がその論法の可笑しさに気づくのですが、なぜか「彼ら」のサイトを見ているときには気が付かない。

ただ同時に、少なくとも実力が伴わないうちは、思いや理想を実現することができません。これはどんなにサッカーを愛していても実力がなければ日本代表になれないのと同じことで、当たり前すぎる話です。だからこそ、

「実践」

が重要になってくるというわけなのです。善き心でひたすら学び、引きこもっている。これはこれである意味面白い生き方ですが、しかし自分が理想とする世界を作ることには、何ら貢献しません。

僕らは、常に世界に関わる「参加者」であるべきです。

人生の傍観者であってはいけない。人生を、そして世界をよりよくするために常に「参加」していく必要がある。そしてそのためには、知恵、思い、実力、 そのすべてが要求されるのです。「参加」し続ければ、それが経験となり、知恵 となり、ノウハウとなり、法則となり、「実力」を高めてくれます。

実力が高まれば、より世界をよくすることができ、世界がよりよくなれば、また人生もよ りよくなり、そうすればさらに世界をよりよくすることができ・・・という素晴らしいスパイラルに入ることができるようになるのです。

その意味で、知識も思いもあるのに実力がない人というのは、単なる「参加」不足です。早く外に出て来い、と。

人生の意味とはなんなのか

閉じこもる人々

著者プロフィール

和佐大輔(Wasa Daisuke)

なぜ、割箸を咥えているのか?

身体障害者認定の最高度である第1級身体障害者であり、1人で年商1億円を達成した起業家。12歳のとき、不慮の事故でテトラポッドに激突し首から下の運動機能をすべて失い、17歳でパソコン1つで起業した後、口に咥えたわりばし1本で年商1億円を達成。日本インターネットビジネスの業界では数少ない”本物の“マーケッター系起業家。将来は漫画家、映画監督になるべく精力的に活動を行っている。

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